愛は無意識。

最近思うことあれこれをまとめます。

成功者の意見を鵜呑みにするな。

大抵、何を言っているかよりも、誰が言っているかを重要視する。有名人のあの人が言ってるから、成功したあの人の言ってることだから正しいみたいな。でも、どうかなと思う。成功した人の意見を鵜呑みにする人は多い。自分が嘘をつかれてることにさえも気付いていないパターンがある。盲信することのデメリットは騙されることだと思う。ある企業の社長の一言が必ずしも正しいことを言っているとは限らず、逆に、自分の発信力で集客を狙っているだけかもしれない。まずは一度疑ってみる癖をつけることが大事だと思う。

外側から見てきれいに見える人ほど、内部ではえげつないことをやっている。

多分、これはあるあるだと思う。人は誰しも二面性みたいなものがある。人前での態度と、プライベートでの態度は違う。今はSNSがあるから、どんな人でも自分に価値をつけることが容易になった。昔だったら、よほどの才能がない限り目立つことは難しかったと思う。しかし、自分を売り出すことが簡単になるということは、誰でも自分をきれいに見せることが可能にもなっっているということだ。多分、ネット上の自分と、プライベートでの自分が同じという人は少ないと思う。名前を出してやっているなら尚更演じまくっていると思う。考えてみれば自然なことだ。自分をよく見せないわけがない。クソみたいなところを出せば、人は普通に離れていく。残るのは変人くらいだと思う。稀に本気でやっている人はいい意味で魂を売っているので、二面性がなくなり、本物化している人もいる。が、そういうごく少数の人たちを除くと、SNSできれいに見える99%は人の見えないところでえげつないことをやっている。

目に見える結果を出している人は、目に見えない人たちに支えられている。

大企業の社長は、誰に支えられているのか。多くの労働者によって支えられている。一人で何でもできる人なんていない。どんな大物でも、多くの人の支えによって、その人のやることが成立している。たとえば中国にある工場で働く労働者の全員がストライキを起こしたら、世界規模での大問題である。小さな視点で見てもそうだ。お父さんのパワフルさはお母さんの支えによって成り立っているのかもしれない。目に見える結果を残している人だけではなく、それを機能させている周囲もすごいのだ。

孤独を愛する。

なんかそこらへんの本屋に置いてある自己啓発本にありそうなタイトルだが、自分は孤独を愛したいと思う。誤解されたくないので丁寧に書くと、一人ぼっちでいることを愛したいわけではない。自分は、周囲と同じ感覚を抱けていないと孤独を感じる。だから、人に囲まれていても孤独は感じる。問題なのは人数ではなく、心の感覚だ。自分の感覚が自分だけのものになったとしても、そこで同調圧力に負けたり、空気を読むことで自分を殺したりするのではなく、その抱いた感覚にたとえ孤独がつきまとっても、それを慈しむこと。そういう意味で自分は孤独を愛したいと思う。

仲良くなることはあっても、仲良くすることはできない。

みんなと仲良くしましょうね的な発言をよく耳にするけど、仲良くなることはできても、仲良くすることはできないんじゃないかなと思った。どんなに嫌いな相手とも仲良くしなければいけないとしたら地獄だ。愛想よくしてその場をしのぐことはあっても、相性の悪い相手と「仲良く」する必要はないと思う。だって、仲良くできない。友達は作るものではなく、勝手にできるものだと思う。

愛は無意識。

愛は込めるものではない。無意識に躍っているものだと思う。