損をしても、自分のためになることをやること。

先月の24日にパソコンを買ったものの、まだ届かない。待ち遠しい。年末年始を挟んでしまったので、配達予定日が10日になってる。待ち遠しい。

パソコンだけ買っても仕方ないのでモニターも買った。アウトレットで15000円のやつ。こちらは買って翌々日くらいに届いた。わくわくしながらダンボール箱を開けると、驚くことに画面に大きな傷のようなものが入っていた。「いやな予感しかしない...」と思いながらPS4とモニターをつなげてみるとなんということでしょう。

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いやーー!!!

とんでもない悲しみ。パソコンは思う存分思い悩んだものの、モニターのほうはいい加減悩み続けると人生これだけになっちゃうなと適当に決めたのがいけなかったのか。結構楽しみにしていたのでかなりショックを受けた。よく知らないネット通販のアウトレット店だったので最悪泣き寝入りかなと。

ショックなことがあると最悪ばかり想定しまっていちいち感情的になってしまう。どうなるかわからないときに「ぬおおーー!!!」ってなってた。幸い、とりあえず店に連絡をしてある程度やりとりをしたら、新品と交換してくれるということになり一件落着だった。

自分にとっての15000円は平均的な収入の人にとっての150000円くらいだと思う。死ぬかと思った。買い物怖い。それにしても新品と交換というと定価が4万円のモニターということもあり、だいぶ得をした感もある。ただ、初期不良品の返送、メールでのやりとり(写真をいっぱい送った)等を含めるとタイムロスがすごい。なので、結果的に相殺かなと思う。

新品は初期不良もなく、ちょうどお正月にも間に合ったのでよかった。後はパソコンが届けば!しかし、パソコンが届いてもキーボードは折りたたみしか持ってないし、マウスもない。ついでにお金もなくなった。ので、パソコンが届いても操作できない。お金がたまるまでモニターの画面だけを見つめて過ごすことになるかもしれない。

損をしても、自分のためになることをやること。

話は変わるけど、自分のやり続けることを信じる強さみたいなものって大切だなと思う。なんとなく他人が何かしてくれるだろうという期待ではなく、自分自身がやることがいつか実になるという期待。期待をするってそういうことなのかなって思う。

自分にとって意味のないことをやり続けていると成果が出ないときに絶望してしまうけど、これをやっていること自体が自分のためになっている、だったら結果的に損をしたとしても別の形でリターンがある。たとえばこれをやっていなかったら得られないであろう経験とか。

自分がもしもコンビニのバイトをし続けていたら、出会えなかったであろう人たちとの出会いや、行けなかった場所、できなかった経験がある。実は無職のままでいてよかったなと思うことって多いのかなと思う。ブログをやってなかったら、絶対、この人とは今世で出会う機会がなかったであろう人ともコミュニケーションが取れること。この人生でしか出会えなかったこと。そういう機会があったからこそ、今の自分を少しでも信じることできているのかなと思う。

これをやっていれば社会のためになる感覚。何をやるのかは個人の自由だ。大げさだと思うけど、自分のためにやっていることが結果的に人のためにもなったらいいな、と思う。自分のためにならないことを頑張るということは、多分、損得勘定で動いているということかなと思う。そういうのは損をしただけで絶望してしまう。けど、損得勘定抜きにしても、自分のためになることができていると、たとえ損をしたとしてもお金だけではないリターンがあることに気付く。

自分に期待をできるかどうか。自分のやることが自分のためになっているか。これからも自分を信じることをやめたくないなと思う。