言葉にエネルギーを注ぐ

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名言と呼ばれるものは得てして短い。多分、語り継がれるということは覚えやすいということだろう。そういう意味ではあまり長文を書かなくとも、要点さえ押さえていれば短文でも考えは伝わるのかもしれない。Twitterはわかりやすくていい。短い言葉にエネルギーを注げる。

2ヶ月半くらい前だろうか、3年間続けたはてなブログ(みっつ通信)をやめ、noteに移行した。noteだと何となくかしこまった文章を書かなければいけないのかなと思ってしまう。

それほどまじめに書かなくてもいいのだろうが、noteのデザイン上、まとまりのある文章を書きたくなる。でも、そんなに肩肘を張ってやることもないのだろう。自然と溢れてくる文章を思いのままに書き綴っていればいい。

上手く書こうとしなくてもいいということ。言葉にエネルギーを注いでいればいいのだ。この前、弟と話をしていた。その時に、「良いことを言おうとしている人を見るとものすごく気持ち悪いね」と弟は言った。

「わかる!」と共感してしまった。稀にいる。実際の人柄と、ブログに書かれた文章が一致していない感じ。あくまでも個人的な感想に過ぎないのだけど、そういうのを読むと何だかむずむずしてしまう。言葉の飾り気ばかりを気にしているように感じられて、肝心の中身が伴っていない感じがする。

これはわりと本気で自分も他人事じゃない。「しっかりと伝えること、言葉にエネルギーを注ぐこと」よりも、「かっこつけたいだけ」になった瞬間からもれなくダサくなる。逆にそこにユーモア(わざと感)があれば、むしろひじょうにセンスがあると思える。

形にとらわれてマウンティングするのではなく、自分にとっての真実を語ること。実感を込めて語ること。下手でも不器用でもいいから、熱量を込めること。自分の言葉で話すこと。

私がしたいことはそういうことだと思う。伝える内容はもちろん大切だけれど、それと同じくらい自分の言葉に自分自身のエネルギーを注ぐことが大切だ。