人生の本番は常に「今この瞬間」にある

f:id:mittsu9:20181122232623j:plain

書きたいことがいっぱいありすぎる。この気付きを伝えたいという思いが溢れてくる。これは良い傾向かもしれない。あっ、最近気をつけていることがあった。それは「物事の『良し悪し』は思い込みに過ぎない」ということだ。

例えば、今日は作業がはかどるから良い状態にあるとか、もしくは今日はなんだか気分がパッとしないから状態が悪いとか、そういうレッテルを貼り付けないでいたい。何かをしたいと思うのも休みがあってこそだし、休みがあると思えるからこそ何かをできる。

実は「物事の『良し悪し』は思い込みに過ぎない」というのはこの前観たTED動画から拝借したものです。もしよければURLを貼っておくので観てみてください。おすすめです。

www.ted.com

書きたいことを全部この記事に書き込みたい。しかし、ダーッと書いてしまうと勢いだけの文章になってしまいそうで心配だ。ここは私が教訓にしている「作りたいものを作るのではなく、作れるものを作る」という言葉を胸に落とし込みながら、できる限り丁寧に最近思っていることを書き連ねていきたいと思う。

不安定に安定

実は最近眠れたり眠れなかったりでたいへん不規則な生活に突入している。私のことをよく存じ上げてらっしゃる方にとっては「はいはい、いつものことね」と寛大な御心で受け止めてもらえると思う。(果たしてそんな人がいるだろうか)

今日の睡眠はたったの4時間だった。ロングスリーパーの私にとっては猛烈に短い。近頃は低気圧の影響でもあるのか、一日中強烈な眠気に襲われたりして、10時間ばっちり寝たよと思ったら、たったの6時間だけ起きてまた10時間寝るという聞く人によっては「おやまあなんて不規則坊やなの」と思われてしまいかねないくらいに日々を不安定に過ごしている。

あわせて精神面でも不安定なところでもあるのだろうか。と改めて言うと、「まぁそうでもないかな」くらいには平気に生きている。万が一にも私のことをご心配なさってくれている方がいましたら、「みっつは精神的に多少の波はあれど比較的日々を穏やかに過ごしております」ということを伝えておきたいです。

何事も外に出すことで余白ができる

眠気がジェットコースターのように襲ってくるのもそうだけど、ここ数ヶ月はなんだかんだと外を歩き回っていたりもする。ある日は猛烈に休み、またある日は猛烈に歩く。それを交互に繰り返している。自分でも自分はいったい何がしたいんだろうか、とちょっと呆れてしまうくらいには圧倒的不規則生活だ。でも、運動不足ではないと信じたい。

どうしてかというと、最近は本当にたまにだけど長距離を歩くようになったからだ。昨日は30000歩以上歩いた。調べたところ1万歩は7キロくらいらしいので昨日は20キロくらいは歩いていたという計算になる。この前読んだある記事によると、人は「運動したと思うこと」も運動することと同じくらい大切だそうだ。自分がそれなりに心身の健康を維持できているのは、ひとえに「たまの運動」と「運動したと思えている」からこそなのかもしれない。

何事も不規則で、荒れ狂った波のような日々を送っているときに限って何を血迷っているのかコンビニでカップやきそばなどというものを買ってしまう。今日は昨日食べたUFOのおかげでお腹がゴロゴロしたのか朝いつもよりも早く起きてしまった。

でも、ここでも私の圧倒的ポジティブシンキングが働く。お腹を壊すことも、内側にたまっているものを外に出すという意味では最高に健康的なのかもしれないと。もしかしたら、同じように人も「何かが壊れた瞬間」に自分の思考を出しまくるようになるのかもしれない。

人生は常に今が本番である

私はともすると自分を卑下してしまう癖があるように思う。自分を責める癖があると言ったらいいのだろうか。何か腹立たしいことがあると「でも、結局俺が悪いんでしょ」と自分のことを積極的に責めていくスタイルを持っている。

例えば、この文章を書いていても「昨日今日あったことをさらっと書こうと思ったのに思いのほか長文になってしまった、俺よ、俺よ!」と自分を憐れむ。

しかしながら、そんな思考はやめたいと思う。人間の思考には癖があると思う。例えば、人の愚痴を言い続けていると「話すは離す」どころか、むしろ「愚痴を言う思考回路が発達してしまう」のではないかと思う。

私が書くどんな文章も前置き的なものはなく、すべてにおいて価値のある素晴らしい文章を書けていると思えれば、どんなことを書いたとしても問題ない。それどころか書いた後に達成感を得られるはずだ。

人生も同じように前置き的な「準備期間」みたいなものは無いのではないかと思う。あるのは即本番という事実だけ。私が最近大切にしている教訓に「どんなささいなことでも全身全霊で取り組む」というものがある。

いつか自分には素晴らしいことが起こる、だからそれまでは自分は我慢をしなくてはならない、とそんな風に物事をとらえてしまっていては、肝心の”今”が満たされない。それどころか果たしていつになったら自分自身が満たされる時が来るというのだろう。

私は今この瞬間を大切にしたい。今この瞬間を楽しめない人が、いつ「楽しい時」というものを過ごせるようになるのだろうか。疑問に思う。これは自分に対する叱咤激励だ。

人生は常に本番であると思う。例え、今が人と比べてパッとしないものだとしても、それならそれでその瞬間を楽しむ姿勢を忘れない。そうすれば、いついかなる時でも楽しい時間を過ごせるようになっていくのではないだろうか。

大切なことだと思うので二回言う。人生は常に本番である。私は今だったらこの文章を全力に、情熱をかけて書きたいと思う。