父親からの虐待とそこから逃げるまで

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前から思っていた。たとえば、嫌いな人に文句を言われる。自分はその言葉を真に受けて、相手の言うことを聞く。嫌いな相手に服従するということは「自分を押し殺す」ということだ。

そして、自分は気付いた。それでは「嫌いな奴の言いなり」じゃないかと。ここでの”嫌いな奴”とは、私の場合は父親だった。

自分は虐待をされていたが...

自分は父親に虐待をされていた。自分は学校に行っていなかったので中学生時代などというものは存在しないけれども、年齢的には中学生くらい、ちょうど13歳〜15歳のころだった。

いま思えば、この時にできることは限りなくしてはいた。それは、「まずは親の言いなりになって自分を守ること」、そして、「生き延びるために逃げること」。

自分でも褒め抜いてやりたいくらいに当時は一生懸命に生き、頑張っていた。もしも15歳の夏に逃げることができていなかったとしたら、自分の今はいったいどんな状態になっていただろう。

ゆえに「自分はよかった」と思える。けれど、リアルには今この瞬間にも闘っている子どもたちがいるだろう。もう子供と呼ばれる年齢ではなくなりながらも親の言うことを聞き続けなくてはならない人もいるだろう。

そんな人のために、と言ったら偽善がましいので、ここは昔の自分のために今思うことを伝えていきたいと思う。

つらい環境から抜け出すにはなるべく早いほうがよい。虐待を受けていた時のことは忘れられるはずもないし、「じゃあ今からつらかった記憶は全部忘れて生まれ変わってこれからを生きていきます」なんて健気なことは言えない。一生、自分の記憶を背負って生きていくのだ。これは意思表示ではなく、シンプルな真実である。どうしたところである一部分の忘れたい記憶だけを忘れて生きていくことなんかできるはずないのだ。もしそんなことができたら、この世には”被害者”などいなくなる。

なんであの時もっと早く、「言いたいことを言わなかったのか」。これは後悔ではなく、ある人の勇気によって気付かされた。それは弟だ。自分には弟がいる。弟は父親から逃げるきっかけを作ってくれたのだ。

弟の勇気ある行動が通報へと繋がった

父親について語るとき、語らなければいけないことは山ほどある。そうしなければ自分の気持ちに嘘をついているような気がしてしまうからだ。何より、誤解をされたくない。しかし注釈をつけ続けると読みにくい文章になってしまいそうなのでここはシンプルを心がける。

私と母親と弟が、父親から逃げるとき、そのきっかけとなったのは、「弟の父親に対する反抗」であった。父親は当時なぜか弟に対してだけ、「ボクシングジムに通え」と口うるさく命令をし続けていた。当時13歳の子供がどのようにして自分一人でボクシングジムに通うことができるようになるだろう。それが実現可能なのは子供自身がそれを希望しそれを親がサポートするか、もしくは親が無理矢理に行かせるかのどちらかだ。

うちの父親はクレイジーだったので、そのどちらでもなく、ただ「ボクシングジムに通え!」と怒鳴り続けていた。そうすることが父親にとっての生きがいかのようにも思えた。

普段から暴力を振るわれているだけでも相当に苦しいはずなのに、プラスアルファで意味もわからない命令をただ「怒鳴り続けられるだけ」ということがどれだけ苦しいか。

父親から逃げることが出来た日、弟は荒れ狂う父親に向かって言ったのだ。「ボクシングはしない!」と。高らかに宣言した。

これほどの勇気を未だかつて見たことがない。その当時の自分たちの暗黙のルールみたいなものがあるとすれば、それは「反抗しない」ということだった。反抗しないというよりも、反抗できないと言ったほうが適切かもしれない。なぜなら、歯向かったら殺されるからだ。当時の私達には分かりきっていたことだった。

当然、父親の怒号は勢いを増す。半端じゃなかった。しかし、私は父親に対して初めて立ち向かった弟に対しての敬意を示さないはずがない。今しかないと思った私は若干ためらう母親に反して、警察に通報をしたのだった。

私は弟の勇気によって今を生かされていると言っても過言ではない。あの時の弟から学べるもの、それは、「言いたいことを言う勇気」だった。

言いたいことを言い続けること

だから屈さないのだ。誰になんと言われようと自分は自分を生き続けることしかできないのだ。そういう身体になってしまった。

言いたいことを言う。文字にするととてもシンプルだ。しかし、実際に行動に移すのは容易いことではない。人間は本音と建前を使い分ける。瞬間瞬間に言いたいことがあっても言わないほうが無難なシーンは多いはずだ。

この社会を生き抜くために言いたいことを言わないでいる必要もある。言いたいことを言わない人を責めるつもりなんて毛頭ない。

けれど、人生には今の自分を尊重するためにも、状況を打破するためにも言いたいことを言わなくちゃならない瞬間がある。

自分は神経質なタイプなので常に周りに気を配り(弱さなのかもしれない)、争いごとは避けて生きてきた。多分、それでもいい。しかし、真価が問われる瞬間がある。

そういう時、自分は肚をくくって言いたいことを言えるだろうか。わからない。わからないけれど、きっと、言わなくちゃ人生を変えられない瞬間があるんだろう。当時の弟のように。

今もなお私が大切にしたいと思えることは、「言いたいことを言い続けること」だ。それはだれかれ構わず怒鳴りつけてもいいと言っているわけではない。自分の心の中に眠る真の思いを相手に届ける勇気だ。それを忘れたくない。

自分を押し殺さないために今できること

もう嫌いな奴の言うことを聞き続けるだけの人生は嫌だ。そんなんじゃ嫌いな奴の言いなりだからだ。今の私に嫌いな奴はいない。今まで言いたいと思ったことは伝え続けてきたつもりだからだ。もう自分を押し殺したくないんだ。

言いたいことを言っていると、人に心配をされたり、一見、心遣いのようなものを見せられる時がある。「大丈夫?」と。さぁ、俺は決めている。言う時ははっきりと言う。大丈夫に決まってますと。

わかりやすく人を否定してくる人はこちら側から見てもわかりやすい。あなたは怖いんだ、とわかる。しかし、一見、悪意のないようで、それでいて鋭い牙を突き立てられてしまうことがある。とくに私は穏やかな印象でもあるのか、「穏やかなみっつさん」を押し付けられがちだ。(みつもりなのでみっつと呼ばれています)

そういう時、私はとても悲しくなる。ああ、このひとはなにもわかっていないんだなと。涙が出そうになる。私にとってはそんな日々の繰り返しだ。当人にとってはやさしさのつもりでも受け手にとっては傷をえぐられるような痛みを伴うことがある。おせっかいや過干渉だ。

自分の行いが人の支えになっていると思い込んでいる人に何度もダメージを負わされてきた。そんな気持ちも自分は自分の受け取り方次第だと心に言い聞かせてきた。

しかし、これからは違う。それに傷ついて倒れるくらいなら、私はやり返す。何から何まで自分のせいにされたら、私も相手のせいにする。当然だ。

自分を責めるのを止められるのは自分しかいない。過去の記憶、傷ついてしまった言葉が今にこだまするなら、私はそれを避けて生きなきゃいけない。

言いたいことを言うだけで嫌われてしまうかもしれない。しかし、嫌われることを恐れてなされるがままでいるくらいなら、私はやり返す。

何も言わなければ、自分を責める結果になる。

言いたいことを言う。この簡単そうに思えることが、案外難しい。でも私は負けたくないと思う。他に存在する誰か、に負けたくないんじゃない。自分に許しを与えない自分に負けたくないんだ。最大の敵は自分だ。

自分自身が最大の敵(思い込みという恐怖)ということは、自分自身が最大の味方(最後の砦)でもあるということだ。自分のやりたいことに許可を与えること。他の誰よりも自分自身を信じること。

自分は何も言う権利がないんだな、自分は媚びないと生きていけないんだな、自分は自分の気持ちを素直に言うことさえ許されないのだな、私はそんなことが頭によぎってしまって自分でも自覚のないうちに人のせいにしてしまっている。

もう誰の邪魔もしたくない。それには言いたいことを言い、時に我慢しなくてはならなくても、それでも自分に負けないことだ。それが、その心意気だけが自分を救ってくれる。

これからも自分を信頼し、人のやさしさに触れ、その度に自分が力強くなるよう、他の誰よりも、自分自身が自分の行く手の妨げにならないよう、私はいまこの瞬間からも、言いたいことを言い続けていこう。自分を含めた他の誰からも抑圧されないように。